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高松高等裁判所 昭和59年(行ス)2号 決定

抗告人 宮本茂

相手方 香川中央都市計画事業西大浜土地区画整理事業施行者 坂出市

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

(抗告の趣旨及び理由)

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方は第一回から第一七回までの西大浜土地区画整理審議会議事録を高松地方裁判所へ提出せよ。」との裁判を求める、というのであり、その理由は別紙抗告理由補充書のとおりである。

(当裁判所の判断)

一  記録によれば、抗告人は相手方の施行する香川中央都市計画事業西大浜土地区画整理事業において、相手方が昭和五三年三月一一日付で抗告人の所有土地についてした仮換地指定処分は、違憲違法なものであるとして、その取り消しを求める頭書本案訴訟(以下「本案訴訟」という。)を提起し、右訴訟において香川中央都市計画事業西大浜土地区画整理審議会の第一回から第一七回までの議事録一切(以下「本件議事録」という。)を、民事訴訟法三一二条各号に該当する文書であると主張して、その提出命令の申立をしたところ、原裁判所は本件議事録は、同条各号に定めるいずれの文書にも該当しないとして、右申立を却下したことが認められる。

二  そこで先ず本件議事録が民事訴訟法三一二条一号の文書に該当するか否かについて検討する。

民事訴訟法三一二条一号にいう「当事者が訴訟において引用した文書」とは、当事者が訴訟において自己の主張事実を積極的または消極的に裏付ける証拠として文書を提出した場合はもちろん、右裏付けとして文書の存在について具体的、自発的に言及し、かつ、その内容を積極的に引用した場合の、当該文書を指すものと解するのが、訴訟の公平の見地から相当である。そして、右主張事実には、本案に対するものに限られず、本案前のそれをも含むと解すべきである。けだし、民事訴訟(それが準用される行政訴訟を含む。)では、当事者の主張する立証趣旨には拘束されず、裁判所は本案前の主張事実立証のための証拠を、本案の主張事実認定の証拠となし得るし、本案前の主張において引用した場合も、当該訴訟において引用したことに変わりはないからである。

これを本件についてみるに、記録によれば、相手方は本件議事録の一部を抜粋して「抗告人が本件処分に至るまでの間一七回開催された土地区画整理審議会にすべて出席し、本件事業の進捗状況を熟知していたこと」を立証するため、本案訴訟の第三回口頭弁論期日(昭和五五年六月一〇日)に乙第二〇号証の一ないし一七として提出し、また「相手方が本件事業の評価員を選任するに際し、土地区画整理審議会の同意を得た事実」を立証するため、同第一二回口頭弁論期日(昭和五七年一二月二一日)に乙第四五号証として提出していること、本案訴訟において抗告人は当初、香川中央都市計画事業大浜土地区画整理事業施行者坂出市長番正辰雄を被告としていたが、相手方から被告を誤まつているとの本案前の抗弁が提出されたため、本件相手方を被告に変更する旨の申立をし、右変更が許可されたのが昭和五五年八月七日であることが認められる。右事実に右乙第二〇号証の一ないし一七の抜粋状況を勘案すると、右各号証は相手方の本案前の抗弁事実立証の証拠として、本件議事録の一部(抜粋部分)を提出したと考えるのが相当であるが、そうだとしても、相手方は本案訴訟において本件議事録の一部を引用したと言わざるを得ないことは、前記説示から明らかである。

ところで、民事訴訟法には、文書の一部を書証として提出することを禁ずる規定がなく、かえつて、同法の関連規定である商法三五条が、文書の一部の提出命令を認めていることなどに徴すると、民事、行政訴訟手続において文書の一部を書証として提出することは当然許されるというべきであり、このことと、民事訴訟法三一二条一号の法意が、一方の当事者が引用した文書は裁判所の心証が一方的に形成されたのを防ぐため提出させて他方の当事者の批判にさらし公平を図るという点にあることを総合して考えれば、文書の一部を書証として提出引用した場合において、それが、他の部分と一緒でなければ意味内容が不明確であるとか、ことさらに引用当事者に都合のよい部分だけを取り出し都合の悪い部分が隠ぺいされているような抜粋がなされていて引用当事者に一方的に有利に裁判所の心証を形成せしめるおそれがあるようなものであればともかく、そうでない限り、引用当事者は残余部分をも引用したものとしてその提出義務を負うものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、乙第二〇号証の一ないし一七は、各議事録のうち、審議会の日時、場所、議題及び出欠席状況を記載した頭書の部分と署名人が署名押印した末尾の部分であり、これに係る前記立証事項に徴すると、要するに、抗告人が各審議会に出席していたことに重点が置かれた証拠であるとみられ、また、乙第四五号証は、議事録のうち、右同様の頭書の部分と評価員選任の同意決議がなされた旨の部分であり、これに係る前記立証事項に徴すると、単に右同意決議があつたことの証拠にすぎないとみられるのであつて、いずれも、それ自体で意味内容が明確であるし、ことさらに裁判所の判断を誤らせるような抜粋がなされているとは認められないから(なお、乙第二〇号証の一ないし一七中には、末尾の署名押印した部分の前に出席者のやりとりが記載されているものもあるが、その記載は、署名押印部分と一体不可分の関係にあるため提出されているだけのものであるし、本件訴訟の争点との関係では格別の意味を有しないものと認められる。)、前説示に照らし、結局のところ、相手方は、前記各議事録の残余部分をいわゆる引用文書として提出する義務はないというべきである。

三  次に、本件議事録が民事訴訟法三一二条二、三号の文書に該当するか否かにつき考えるに、この点に関する当裁判所の判断は原決定のこれに関する理由説示(原決定七枚目表三行目から同一〇枚目表四行目まで)と同じであるから、これを引用する。

四  よつて、抗告人の本件文書提出命令の申立を却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 宮本勝美 早井博昭 山脇正道)

抗告理由補充書 <略>

【参考】第一審(高松地裁昭和五七年(行ク)第六号 昭和五九年九月一八日決定)

理由

第一 原告の申立は、別紙第一及び第二に各記載のとおりであり、これに対する被告の意見は、別紙第三及び第四に各記載のとおりである。

第二 当裁判所の判断

一 一件記録によれば、原告の前記本案訴訟(仮換地指定処分取消請求事件)における主張の要旨は、原告は、被告の施行する香川中央都市計画事業西大浜土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)において、被告から昭和五三年三月一一日付で原告の所有土地につき仮換地指定処分(以下「本件処分」という。)を受けたか、本件処分は大別して第一に公有水面埋立法に反する違法なものであり、第二に土地区画整理法八九条、九八条二項所定のいわゆる照応の原則並びに憲法二九条所定の財産権の保障に反する違憲違法なものであるから、その取消を免れないというにあること、そして、原告の主張する右各違法の原因は、細分化すると多岐にわたるが、原告は、本案訴訟において、「本件処分前一七回にわたつて開催された香川中央都市計画事業西大浜土地区画整理審議会(以下「本件審議会」という。)において、各種の問題について十分な審議がなされなかつたことにより、本件処分に、無免許埋立、土地評価の誤り、五〇メートル道路の設置・施行、並びに保留地の決定及び変更の処分に関する違法事由が存すること」(証すべき事実として記載)を立証するためとして、第一回より第一七回までの本件審議会議事録一切(以下「本件議事録」という。)を民事訴訟法三一二条各号に該当する文書であると主張し、その提出命令の申立をしたものであることが明らかである。

二 そこで、まず本件文書提出命令の申立が適法であるか否かについて検討する。

1 被告は、原告の本件文書提出命令の申立は、民事訴訟法三一三条二号掲記の「文書の趣旨」の記載を欠くから不適法であると主張する。

なるほど、別紙第一(原告の昭和五七年一二月二一日付文書提出命令の再申立申請書)には、文書の趣旨として内容の概略が記載されていないことは原告も自認するところであるが、しかし、原告は被告の右指摘に応じ、別紙第二(原告の昭和五八年九月二七日付文書提出命令申立に関する反論書)に記載のとおり文書の趣旨を明らかにしており、その記載からすれば文書の趣旨の表示としては十分であると認められるから、被告の右主張は採用できない。

2 被告は、更に、民事訴訟法三一三条四号掲記の「証すべき事実」とは、具体的な事実を指すと解すべきところ、原告が「証すべき事実」として記載している事項(内容は前記のとおり)と本件審議会の審議の内容とは何らの結び付きがなく、したがつて原告は本件議事録によつていかなる具体的事実を立証しようとするのか全く不明であり、このような記載は証すべき事実の記載としては不十分であるというべきであるから、原告の本件文書提出命令の申立は、不適法であると主張する。

これに対し、原告は、審議会が施行者から正確かつ十分な資料と説明を受けることなく、また必要十分な時間と慎重公正な討議を経ずして議題に対する同意や意見を具申することは明らかに違法であり、したがつて右同意ないし意見の具申を得てなされた施行者の行為ないし処分もその前提手続に瑕疵あるものとして違法たるを免れないとの主張を前提にしたうえで、別紙第二に記載のとおり従前の記載を敷衍して「証すべき事実」を記載している。そうすると、右主張の当否はともかくとして(また、右主張が訴状、準備書面上に明記されていないという問題もあるが、この点もひとまず措く。)、原告の主張と「証すべき事実」とは一応の結び付きがあるものといわざるをえないから、少なくとも「証すべき事実」の記載の関係では右の程度の記載があればあえて不適法とするまでもないというべきである。

三 そこで、すすんで本件審議会の議事録が民事訴訟法三一二条各号に該当する文書であるか否かについて検討する。

1 まず、同条一号にいう「当事者が訴訟において引用した文書」とは、文書を所持する当事者が、訴訟において自己の主張事実の積極的又は消極的な裏付けとして、文書の存在について具体的、自発的に言及し、かつ、その内容を積極的に引用した場合における当該文書を指称するものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告が被告において本件議事録を引用していると主張する被告の昭和五六年八月五日付及び昭和五七年四月二七日付各準備書面では、単に本件事業における土地の評価を決定する過程で、本件審議会の意見を求め、その審議を経た旨主張しているにすぎず、議事録の存在や内容を積極的、具体的に明らかにしたものとは認められないから、右引用に該当しないものというべきである。原告は、被告か右各準備書面において本件事業の施行条例を引用した以上、同条例一六条二項で議事録を作成することが規定されているのであるから、民事訴訟法三一二条一号にいう引用に該当すると主張するが、右条例を引用したからといつて直ちにそのようにいうことができないことは明らかであり、原告の右主張は到底採用できない。

原告は、更に、被告が本件議事録の一部を抜粋して乙号証として提出していることが引用に該当すると主張するが、一件記録によれば、被告が本件議事録の一部として乙第二〇号証の一ないし一七を提出したのは、原告が当初香川中央都市計画事業西大浜土地区画整理事業施行者坂出市長番正辰雄を被告として本件訴えを提起していたことから、被告が本案前の主張として行政事件訴訟法一一条一項本文により訴えの却下を求める過程で、原告が本件審議会に出席して被告が誰であるかを知悉していたことを立証するために提出したものであること、また被告が乙第四五号証を提出したのは、被告が先に提出した右乙第二〇号証の二が研修会に関するものであり、これを被告が誤つて第二回審議会の議事録として提出したがために、改めて昭和四八年一二月五日開催の第二回審議会の議事録として右乙第四五号証を提出したものであることが認められる。

ところで、民事訴訟法三一二条一号は、当事者である文書の所持者が文書を引用してその主張の根拠としてこれを利用した以上、相手方当事者にも当該文書を所持当事者の主張の反証として利用させるのが公平であるが故に、文書の所持者に文書提出の義務を課したものと解されるところ、前述したように被告が前掲乙号各証を提出したのは、自己の本案前の主張を裏付けるためであつて、原告が証すべき事実として記載している事項に関連して自己の主張を裏付けるために提出したものとはいえないから、結局同条一号には該当しないものというべきである。

なお、被告は、原告の指摘する右各準備書面及び乙号各証は、昭和五五年八月七日付でなされた被告変更許可決定前の被告坂出市長が提出したものであるところ、右変更許可決定により被告坂出市長に対する訴えは取り下げられたものとみなされる(行政事件訴訟法一五条四項)から現在の被告坂出市が本件議事録を引用したことになるわけがなく、原告の右主張は主張自体失当であると主張するが、記録によれば、本件においては被告変更許可決定前の訴訟資料等はすべて新被告に承継されているとみてよいから被告の右主張は形式論にすぎず採用できない。

2 次に、民事訴訟法三一二条二号にいう「挙証者が文書の所持者に対しその引渡又は閲覧を求むることを得るとき」とは、挙証者が文書の所持者に対し私法上の引渡請求権又は閲覧請求権を有する場合をいうものと解すべきところ、原告が被告に対し本件議事録につき引渡請求権又は閲覧請求権を有すると認むべき私法上の根拠規定は全く存しない。

原告は、本件審議会は、原告所有の土地を含む本件事業地区内の土地評価について審議し、同意を与えており、かつ、地権者の利害に極めて深いかかわりのある保留地の定めその他の事項について審議決定しているのであるから、地権者たる原告は、いかなる審議経過により右決定同意があつたのかを知り得べきことは条理上当然であり、そのため原告に私法上の閲覧請求権が存することは明白である旨主張するが、所論は独自の見解であつて当裁判所の採用しないところである。

3 民事訴訟法三一二条三号前段にいう「挙証者の利益のため作成された」文書とは、当該文書により挙証者の法的地位、権利又は権限が明らかにされるものをいい、それが挙証者の利益のためにのみ作成された場合に限られるものではないと解するのが相当である。

ところで、本件議事録は、本件審議会が施行者である被告による換地計画の作成及び変更、仮換地指定処分等について意見の具申をしたり、あるいは施行者である被告による過小宅地又は過小借地の基準の決定、評価員の選任等について同意の表明をするにあたつて審議した審議経過を記録した文書であつて、専ら本件審議会内部における事務処理の必要のため事実上作成される覚書的記録文書であつて、挙証者である原告の利益のためにも作成された文書であるとは到底いえず、かつ、本件処分に関する原告の法的地位、権利又は権限が明確にされる性質の文書とも認め難い。したがつて、本件議事録は、民事訴訟法三一二条三号前段に該当する文書ではないというべきである。

4 また、民事訴訟法三一二条三号後段にいう「挙証者と文書の所持者との間の法律関係に付作成された」文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係それ自体を記載した文書のほか、右法律関係と密接な関係のある事項を記載した文書で、これを提出させることが当該文書の性質に反せず、訴訟における当事者間の信義、公平に適し、かつ、裁判における真実発見のために重要である場合には、この文書もまた右法条三号後段の文書に含まれると解するのが相当である。

ところで、本件審議会は、被告が施行する本件事業地区内の宅地所有者等により選挙された委員等をもつて組織され、前記のとおり施行者である被告の諮問に応じて意見を具申したり同意を表明する機関であつて、議事録は、本件審議会が被告に右意見を具申する等のために審議した経過を記録した文書であるところ、右議事録は、原告と被告との間の法律関係を記載した文書ではなく、前述のように専ら本件審議会の内部的な覚書的記録文書であり、その作成を義務づけるものは本件事業施行条例及び本件審議会運営規則に規定があるにすぎない。

更に、土地区画整理審議会については法令上その審議内容の公表を禁止する規定はないけれども、記録によれば、本件審議会は、本件審議会運営規則六条により原則として非公開であつて、その議事録は一般の縦覧に供されていないし、また本件審議会における各委員の発言、討議の内容等が公表されることになると、関係権利者の各委員個人に対する不満や非難を喚起する事態も予想され、審議会における委員の公平かつ自由な討議に支障をきたす虞れがあるばかりでなく、関係者のプライバシー等に関する事実も公表される結果となる可能性もあることが認められる。

以上の諸点に鑑みると、本件議事録は、本件処分の成立過程において作成された文書ではあるが、本件審議会が自己使用のために作成した内部的覚書的記録文書であつて、右法律関係との関係において密接なものであるとはいい難く、また本件訴訟の審理の経過、証拠方法の代替性等に徴し、本件訴訟の審理にとつて重要な証拠となりうるものかどうかは必ずしも明確ではなく、被告及び第三者の意思又は利益に反してまでも本件議事録を提出させるべきものとも認め難い。そうすると、右議事録は、民事訴訟法三一二条三号後段所定の文書には該当しないものというべきである。

四 以上の次第で、原告の本件文書提出命令の申立は理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 菅浩行 井上郁夫 角隆博)

別紙 第一ないし四 <略>

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